続・あこがれの競泳水着

 

序.出会い

 緊張した面持ちでプールサイドに集まる新入部員の前に現れた先輩部員は、すらりとして色白の、真面目そうな感じの女性だった。

「皆さん、水泳部へようこそ。私は新入部員の指導を受け持っている、3年生の日野由佳里といいます。……どうぞよろしくね」

 彼女は水着の上からジャージを着込み、スイムキャップはまだかぶっていない。後頭部で団子に丸めた髪が、彼女が水泳部員にしては珍しく髪を伸ばしている事を物語っていた。

「そろそろ準備体操が始まるわ。さあ、並びましょう。細かい説明は、それからね」

 そう言って彼女は、新入部員の緊張をほぐすように微笑んだ。……それが、奈緒と彼女の出会いだった。

 

 新入部員と一口に言っても、その中には様々な人間がいる。中学校から既に水泳部に所属しある程度記録も持っている部員もいれば、友人とつるんで入ってきただけの初心者もいる。新入部員の内、経験者は早くから先輩部員に混じり本格的な練習へと移っていった。一方の初心者の指導を、由佳里が受け持っていた。

 水泳部に入って来るだけあって、初心者といってもさすがに泳げない者はいないが、それ以上ではなかった。どうにか50m泳げるだけという者も珍しくない。奈緒も、泳げるだけの初心者の1人だった。

 そんな彼女らに、由佳里は水泳技術を懇切に教えていった。屋内プールの右端2レーンが、新入生の練習に使われる。最初はクロールで無駄なく真っ直ぐ泳ぐ事から始めて、飛びこみとターン、平泳ぎ、バタフライと背泳の初歩に至るまで。また技術と並んで体力が重要な事を説き、ランニングや泳ぎこみを織り交ぜる。時折2年生を1人か2人アシスタントに使いながら、由佳里は新入生を選手の卵へと導いていった。

 由佳里の下で新入生達は少しずつ腕を上げ、部員としての道を歩み始めた。奈緒も例外ではなく、特に平泳ぎでいいタイムを出すようになった。もちろんそれは新入生の間でという事であり、記録という程のものでもないが、それでも奈緒は自分の上達を知って嬉しさを覚えるのだった。

 上達の喜びは導いた由佳里への尊敬を生み、彼女を模範とするようになる。そしていつしか奈緒は、模範とする以上に、由佳里に強く惹かれるようになっていた……

 

1.屋内プール

 大会を間近に控え、練習にも一層熱が入る。特に選抜選手候補の部員は、顧問の教師から指導を受けつつ練習に打ち込んでいた。

 そんな熱のこもった周囲の雰囲気に較べ、新入生レーンの雰囲気は幾分のんびりしたものにも見える。最初の泳ぎこみを終えると、彼女らは背泳の基礎練習に移った。練習にはもちろん真剣に取り組むが、うまく出来て由佳里にほめられると笑顔が浮かび、張り詰めた感じはない。

「…慌てることないわ。ストロークさえきちんとすれば、曲がったりしなくなる。あとは練習を重ねていけば、正しい形はすぐに覚えられるわよ」

 規則的に練習が続くプールの横で、由佳里が1人の1年生部員に声をかけている。彼女は背泳でなかなか真っ直ぐ進めず、途中でプールから上がる事になってしまった。ずぶ濡れでうなだれている姿は、見ていて少しばかり痛々しい。

「ほら、あそこにいる、2年生の真鍋さんね。彼女今度の大会の選手だけど、彼女も最初背泳すごく下手だったんだから。最初からうまく泳げる人なんてね、ほとんどいないの」

 新入生の顔を覗き込むようにして、由佳里は話し続ける。別のレーンで練習の順番を待っている部員をちょっと指差し、少し茶化すように言葉を継いだ。自分の事が話題になっていると気付いた当の部員が、それまでの真剣な表情をふと崩し、あんまり言いふらさないで下さい、と言いたげに苦笑して小さく手を振った。その仕草がおかしかったのか、沈んでいた新入生も少し表情が和んだ。

「練泳終わったら、その後でちょっと練習しましょう。大丈夫、きっとうまくなれるわ」

 新入生は、由佳里の顔をまっすぐに見てはい、と返事をした。

 新入部員が、練習待ちの列に戻って行く。彼女の後姿を見送り、由佳里は、3年生の顔に戻った。

「はいみんな、焦ってローリング起こしてる人が多いわよ。斜めに泳いだって記録は伸びません。もう1回基本を思い出しなさい。じゃああと2巡、練習続けます!」

 そう言うと由佳里は、自分もプールに入り、1年生の目の前で綺麗な背泳を見せた。

 

「日野先輩って、かっこいいよねえ……」

 仲のいい部員同士数人連れ立って屋内プールを後にする、部活からの帰り道。1人がほう、とため息をついて口を開いた。その言葉に、何人かは同意して深々とうなずき、他の何人かは、また始まったという風に苦笑して顔を見合わせた。

「ねえ、奈緒もそう思わない?」

「え?」

 考え事にふけっていた奈緒は、皆からやや遅れて歩いていた。突然話を振られて一瞬訳が分からず、少し首を傾げて相手の顔を見つめた。

「ちょっと、からかっちゃダメよ。奈緒にはあんたみたいにレズっ気ないんだから」

 首を傾げる奈緒の前で、声をかけた当人が友人に額を小突かれたしなめられる。そうしてきゃはは、と笑い合いながら、連れ合ってバス停へと歩いて行った。

(レズ……)

 友人達にとっては冗談であったのだろうその単語は、しかし、奈緒にとっては意識して触れないようにしてきた言葉だった。笑い合う友人達に合わせて自分も笑顔を作りながら、彼女は、自分の心臓がとくとくと波打ち始めるのを感じた。

 自分の中にある由佳里への気持ち。それは、今まで誰にも打ち明けた事のない、秘めた感情。その気持ちがどんなに大きく、激しくなっても、彼女は、自分がレズだとは考えなかった。レズという単語にまとわりつく、どことなく性的で背徳的な響きが嫌いで、ことさらその単語を避けてきたのだった。

(わたしは、そんなんじゃないもん。ただ、日野せんぱいが好きなだけで……)

 雑念を振り払うかのように、彼女は顔を上げ歩を進めた。友人達に笑いかけ話しかけながら、スカートのポケットに手を入れた時、その表情がふと曇った。

「あれ、どしたの奈緒」

 指先に、定期券の感触がない。どこかで落とすか、出したまましまい忘れたかしたのだ。一体どこで……。考える奈緒の頭に、屋内プールの更衣室が浮かんだ。着替えの時に、忘れたんだ――

「……定期券、忘れてきちゃったみたい」

「えーっ、更衣室に?」

「たぶんそう。ごめん、先行っといて。取って来るから」

「うん、だめだったらバス代貸したげるよー」

 友人の言葉を背に受けながら、奈緒はプールへと駆け戻って行った。

 

(鍵、開いてるかなあ……もう閉まってるかも……)

 急いで戻った学校の構内は、もうあらかた部活も終わり、人の気配も少なくがらんとしていた。奈緒は足早に屋内プール棟へと歩いていった。施錠時間は遅い、とは聞いていたが、あまり期待はしなかった。鍵閉まってたら閉まってたで、戻ってお金借りればいいんだし――

「あれっ、開いてる」

 屋内プール棟の入口は、鍵が開いていた。意外な結果に、奈緒は思わず独り言を漏らした。部活はもう終わって使う人もいないのに、どうして開いてるんだろう。疑問が奈緒の心をよぎる。

 靴を脱ぎ、その場に荷物を置いて、廊下に足を踏み出す。正面にある大きなドアの向こうがプール、右手のドアが更衣室である。まっすぐ更衣室に入ろうとしたその時。奈緒は、プールの明かりが点いている事にも気が付いた。プールに通じるドアはわずかに開いていて、中から何か水音のような物音が聞こえる。

(……誰かいるの?)

 奈緒は引き寄せられるように正面のドアに近付き、隙間から中を覗きこんだ……

「よぉい…… スタート!」

 声に続いて、水の跳ねる大きな音がする。プールサイドに、水着を着て立っている女性が1人。手にストップウォッチのようなものを持っていて、じっとそれを見つめている。そしてもう1人、彼女の合図で今しがたプールに飛びこんだ人がいる。

(あれは、水上せんぱい……? もう1人は誰?)

 奈緒は目をこらし、中の様子を窺った。プールサイドに立っているのは、2年生の水上舞だった。奈緒はあまり喋った事がなく、どういう先輩なのかはよく知らない。もう1人は、プールの一番端のレーンを今まさに泳いでいる。クロールで奥に向かって泳ぎ、滑らかにクイックターン、こちらに戻ってくる。100m自由型の基本だった。泳者はみるみるうちにスタートに戻って来て、ゴールタッチ。水音が消える。一瞬静寂を間に置き、おもむろに水音を立てて、泳いでいた人物が水から上がった。

 その人物は、背中の大きく開いた紺無地の競泳水着、同じく紺のスイムキャップと、ゴーグルを身に付けていた。薄手の競泳水着は、生地がぴったりと肌に密着し、ボディーラインを浮き上がらせる。すらりと伸びた背、高校生にしてはふっくらと発達した豊かな体つき。その女性はプールから上がると、肩で大きく息をしながら、ゴーグルを外した。

 ゴーグルを外したその横顔を見て、奈緒は一瞬息を呑んだ。泳いでいたのは、由佳里だった。しかもその顔は、1年生に見せるのとはまるで違う、厳しい表情をしていた。

 プールサイドに上がった由佳里は、ゆっくりと水上舞の方に歩いていった。疲れのせいか、緊張感の現れか、由佳里の顔はこわばったままだった。そこへやって来た舞が、少し心配そうな表情を見せ、口を開く。2人の交わす言葉は、奈緒の居るところにまでは聞こえて来ないが、雰囲気から察するにあまり良い内容ではなさそうだった。

(そういえばせんぱい、部活の時って自分の練習ほとんどしてなかったっけ。こんなして練習してたんだ……)

 沈む由佳里を舞が励ます、そういう構図に見えた。事実そうだったのだろう、何事か言葉を交わした後、由佳里の表情が少し和んだ。そして――

(え?)

 由佳里はすっと右手を上げ、舞の右頬を愛しそうに撫でた。まるで恋人にする仕草のように。撫でられた舞は、切なげな顔になり、両手を由佳里の腰に回した。

(うそ、そんな……そんな事って……)

 舞が由佳里に体を寄せ、両腕に力をこめる。それに応えるように、由佳里も左腕を舞の腰に回し、右手で舞の頭を抱き寄せる。プールサイドで、奈緒の目の前で、2人は抱き合った。

 奈緒は心臓をわし掴みにされるような衝撃を受け、その場から動く事ができなかった。目の前で起こっている事、それもよりによって由佳里がしている事が、信じられなかった。しかし、衝撃はそれだけでは済まなかった。

 由佳里の肩に顔をうずめていた舞が、ゆっくりと顔を上げる。同時に右手がそろそろと上がり、由佳里の頭のスイムキャップに掛かった。由佳里はそれに何の抵抗も見せず、まっすぐ舞を見つめた。

(いや、やめて…… お願い……)

 舞の手により、由佳里のスイムキャップがずるずると引き脱がされる。それに合わせるように、2人の顔が距離を狭め―― 唇を、重ねた。

 あまりの衝撃に何も考えられないまま、奈緒はよろよろと後ろによろめいた。突然、目の前がぼうっと霞んだ。涙が溢れてきたのだ。

「うそ…… せんぱいが…… あんな事……」

 奈緒は、ふらふらと覚束ない足取りで扉から離れた。そのまま、流れる涙をぬぐおうともせず、荷物を手に取って屋内プールを後にした。

 

2.揺れる想い

 その夜、家族が皆寝静まった頃、奈緒は独り自室のベッドに身を横たえていた。その体は、濃紺のスクール水着で包まれている。左手はシーツを掴み、右手は、太腿のところから水着の下にねじ入れられている。

「はあうんっ、せん、ぱあい」

 指が陰核を擦り上げ、電気を流すような刺激をもたらす。水着姿であお向けにベッドに寝そべる奈緒の体が、ぎゅん、と硬直した。

 由佳里と舞の営みを見た事で、奈緒の中の禁忌の枷が外れた。淫らな想像力が刺激され、性欲が体をうずかせる。

 彼女はさらに貪るように荒々しく秘部を擦った。荒削りな激しい刺激が背筋を直撃し、彼女は身をよじり、シーツを握る手に一杯に力をこめた。

「はあ……はあ、はあ、ふう…… はぐっ」

 いつしか秘部から染み出した蜜液が、右手の指に温かい感触をもたらす。彼女は指に液を塗りつけるように、割れ目沿って縦にしごいた。

「ゆかり、せんぱ…… あはう」

「そこお、もっとお…… はあ、いい、んんっ」

 これまでは想像もできなかった卑猥な喘ぎ声が、次々と口をついて出てくる。理性がそのはしたなさを責め、それによって欲望はさらに昂ぶった。もっと甘く激しい快感を求め、欲望が奈緒の体を衝き動かす。奈緒は中指の指先で陰核を転がし、痺れるような刺激を味わった。そうしてそのまま、指を前に突き出すようにして、膣に指を突きいれた。

 中指が秘部に入りこんでいく時、奈緒はこれまでになく熱い塊を背筋に感じた。

「はああああああああっ」

 左側を下にして、奈緒の体がぐうっとそり返り、ベッド上で山なりの曲線を描いた。体中が熱い。指を突きいれたままじっとしているだけでも、背筋からうなじにかけて熱い塊がこみ上げてくる。

(あ、あたし、こんな事して……)

 指を止め、一瞬、まだ残っている理性の声に耳を傾ける。こんな水着姿で、独りでしてるなんて、普通じゃない。奈緒は泣きそうに顔を歪めた。

(でも、もう、我慢できな……)

 奈緒は、欲望に支配された。指に感じる膣の中はじくじくと湿っぽく、そして熱い。彼女は、中を掻き回すようにゆっくりと指を動かした。

「くひっ!」

 背筋にずきんと来る、刺激があった。一瞬体が痙攣し、奈緒の息を詰まらせた。奈緒は歯をくいしばり、さらに指を動かした。

「く、あくっ、あっあっ」

 全てを忘れそうな快感が、奈緒の体にほとばしった。欲望の命ずるまま、彼女はどんどん指の動きを激しくしていった。手全体を使い、指の根元からぐねぐねと動かす。また人差し指と薬指は秘部に強く押し当て、手の動きに合わせて割れ目の周りを刺激した。

「いっ、ひ、せんぱ、あん、あん」

 濡れた秘部からぐちゃぐちゃ、と音が聞こえる。彼女は手を回しながら、さらに秘部に抜き差しするピストン運動を加え、最高の刺激に溺れた。陶酔した表情で頭を左右に振り、口からは惜しげもなく喘ぎ声を上げた。

 体の奥で、何かが高まり膨れ上がっているのを感じる。それに向けて、奈緒は激しく自分を責め慰んだ。自分を抑えるためにシーツを掴んでいた左手は、いつしか股間に伸ばされ、水着をずらして秘部をむきだしにしていた。そこでは、粘液にまみれた右手が激しく指を孔に突き込んでいる。

「ゆかり、せんぱあい、いい、いくうっ」

 抗いようのない衝撃が、奈緒を襲う。体が最後の硬直を迎え、秘部はぎゅっと締まって頂点の快楽をもたらした。頭の中が白く染まり、何も考える事ができない――

 

 数瞬の嵐の後、奈緒は力の抜けきった体をぐったりとベッドに横たえていた。肉体は悦びを味わったが、しかし心は屈辱の底にあった。

 性欲に身を任せた自分への嫌悪、舞に身を委ねた由佳里への驚愕、由佳里を奪った舞への嫉妬と憎しみ。そしてさらに、嫉妬に心焦がす自分への、さらなる嫌悪。陰の感情の奥底へ、彼女は鬱々と沈んで行った。

 少ししてから、水着の中にねじ入れたままだった右手を思い出したように引き抜いた。手は、行為の名残として、冷たくなった蜜液でべっとりぐっしょりと濡れている。

 手を見て、奈緒は震えた。それは、独りで淫らに溺れている自分の姿そのもので、たまらなくおぞましく見えるのだった。

(だめよ…… こんな事じゃだめ…… しっかりしなくちゃ……)

 

 翌朝、いつも通りの登校途中。学校が近まるにつれ、道には登校して来た生徒の姿が目立つようになる。校舎が見える辺りになると、周りはもうすっかり生徒達ばかりで、耳に入るのも足音とおしゃべりの声ばかりである。

「奈緒、おっはよ!」

 背後から聞こえた明るい挨拶の声に、奈緒はにこりと笑って振り返った。

「おはよう、佳代ちゃん」

「……あれ、ちょっと顔むくんでない? 大丈夫?」

「ああ、これね。昨日夜遅くなっちゃって、あんまり寝てないんだ」

「あーっ、夜更かしだって。早寝早起きしなきゃ」

「はいはい、先生」

 そう言って、奈緒は笑った。声をかけてきた友人も明るく笑う。いい朝だった。嫌な事なんか忘れてうまくやれそう、そんな気がした。

「ん、あれ…… 水上先輩じゃない?」

 校門に通じる一本道に入ろうかという時分、不意に、友人が声を上げた。向かいの道から同じく校門に向けて歩いて来る水上舞の姿に、目ざとく気付いたのだった。思いがけず、会いづらい人物と間近に接することになり、奈緒はどきりとした。

「せんぱい、おはようございます!」

「ん? ああ、月崎さんに、友野さん。おはよう」

「あ…… お、おはようございます」

 友人がはきはきと声をかけ、それに舞が答える。奈緒は一瞬うろたえたが、どうにか堪えて挨拶をした。

 一本道を校門に向けて歩きながら、友人が舞に話しかけている。奈緒は、気後れして会話に加わる事ができず、2人から少し離れたところを1人で歩いた。

 水上舞。水泳部の2年生部員、特に優秀な記録を持っている訳ではないが、泳ぎであれば何であれ得意不得意なく一通りこなすオールラウンドスイマー。そのため、今度の大会には個人メドレーの選手として出る。背格好は中肉中背で、髪は水泳部員らしくショートヘア、ただしやや伸ばし気味。あまり積極的な性格ではないようで、自分から人に話しかける事は少なく、部員、わけても1年生部員の中には彼女と疎遠な人間も大勢いる。でも、こちらから話しかければちゃんと答えてくれるし、多分とてもいい人なんだろう。けれど……

 奈緒の心に、押し隠したはずの昨日の記憶が蘇った。部活の後、プールでの衝撃。夜、自室での恥辱。目の前で友人と話している舞の横顔は、涼しげで、穏やかで、面倒見は良くないかもしれないが優しさの感じられるものだった。でも、それなのに。

「それじゃあ、私達、下駄箱向こうですから」

 いつしか、玄関をくぐり、下駄箱の前まで来ていた。周囲の喋り声に混じり、友人が別れの言葉を口にしたのが聞こえた。友人が頭を下げるのを見てはっと我に返り、奈緒も、慌てて頭を下げた。

「はい、それじゃあね。……友野さんも、また後で」

 去り際、水上舞と目があった。彼女は、不思議そうに、また少し心配そうに、じっと奈緒を見つめていた。だが、それ以上は何も言わず、ただ黙って立っていた。奈緒はいたたまれない気持ちで顔を背け、1年生の下駄箱へと歩み去って行った。

 

 教室の中、授業をする教師の声が響く。奈緒は、ノートを取っているように見えて、その実まるで集中できずにいた。心の中に由佳里と舞の顔が交互に現れては、彼女の心をかき乱した。

 肉体までもが、時折奈緒を妖しく誘う。解き放たれた性の欲望は、プールサイドでの情事を思い起こさせ、その度に秘部がかすかにうずく。彼女は唇をかみしめ、その淫らな想像を振り払い、授業に集中しようと心を砕くのだった。

「……では次のパラグラフを、友野さん、読んで下さい」

「はい」

 教科書を読むようにという指名は、不意打ちではなかったが、それに近かった。たまたま集中力が戻りかけていた時分だったから良かったものの、少し前なら確実に狼狽していただろう。

 奈緒は座席から立ちあがり、教科書の続きを読み上げた。

「はい、ありがとう。それでは、その部分の日本語訳をやってもらうのは…」

 紙一重のところで無事に役目を終え、奈緒は座席に就く。一見何事もなく済ませたようで、しかし、心の中で彼女は、自分の日常の歯車が急速にきしみ出したのを感じていた。

 

 部活での奈緒は、教室で授業を受けていた時以上に心が不安定だった。自分を抑えるために、歯を食いしばって、ただ泳ぐことだけに集中しようと務めた。泳ぎへの意識が強いせいか、不思議とその日の奈緒は良い記録を出した。しかし、自分を抑えた奈緒の態度はそっけなく、褒めた由佳里を困惑させた。

 そのうちに、部活も前半が終わり、中休みに入った。プールから上がって一休み、軽く談笑などして気分転換をしてから、再び練習を再開する。

 再開された練習は、まず体操から始まった。プールサイドに整列、号令に合わせ手足を動かし、改めて手足の筋肉をほぐし体を温める。慣れてくると、意識せず自動的に手足が動くようなものだった。

「……ねえ、大丈夫?」

「え?」

 体操のさ中、隣の部員がささやき声で話しかけてきた。2年生の部員だった。

「すごく、きつそうな顔してるわよ」

「いえ、大丈夫です」

 自分は、そんなにひどい顔してるんだろうか。答えながら奈緒は、暗い気持ちになった。心配してくれた2年生部員は、奈緒の返事を聞いてもまだ少し納得行かない様子で、時折奈緒の方に視線を走らせていた。

(…しっかりしなさい、友野奈緒!)

 心中自分を叱咤し、力を入れて体を動かしたその時、奈緒の足が滑った。バランスを崩し、隣の部員に思わずよりかかりながら、ずるずるとプールサイドの尻餅を付いてしまった。

「きゃあ、友野さん!? 先生、先生!」

 ただならぬと感じた2年生部員が声を上げる。たちまち、大騒ぎになった――

 

 本当は、単に足を滑らせただけだった。が、いつの間にか「具合が悪くて倒れた」事になっており、奈緒は即座にシャワーを浴びさせられた後、上にジャージを着ただけの姿で保健室に運ばれてしまった。

 そこでベッドの周りにカーテンを巡らした上で、水着を脱ぎジャージだけを着て安静に寝ておくように言われた。もう大丈夫だと奈緒が言っても、全然聞き入れてもらえない。仕方なく、彼女はしばらく横になっておく事にした。

(はあ…… なんか、みんなに心配かけちゃったな……)

 奈緒は毛布をかぶったまま、右側を下にして横たわった。思い返すに、さんざんな一日だった。たった一晩で調子が崩れてしまったと思うと、憂鬱だった。

 寝返りを打つと、濡れた髪の冷たさを改めて感じる。枕には二重にタオルを敷いてあるが、上の1枚は既にしっとりと湿り気を帯びている。それに、ジャージ1枚着ただけ、水着はもちろんスイムショーツさえも脱いだ裸に近い姿、腰から下が直接シーツや毛布と触れ合い、さわさわとした不思議な感覚があり、どうも落ち着かない。

(あんなことになって…… 変な女、って思われたかも…… )

 保健室は無人で、静まり返っていた。聞こえてくるのは、せいぜい、自分が寝返り打つ時に布が擦れ合う音や、カーテンの向こう、窓の外のグラウンドから聞こえてくる陸上部員のくぐもったかけ声くらいだった。

(変…… そう、変よ…… 今の私はおかしいわ……)

 黙って横になっていると、心の中に様々な思いが浮き上がって来る。奈緒は横たわったまま目を伏せ、両手で毛布のすそを握りしめた。

(由佳里せんぱい……)

 憧れの先輩。綺麗で、優しくて、しっかりしてて、みんなから信頼されて。――ただ、想い続けるだけでいい。そう決めたはずだった。

(どうして、あんな事を…)

 由佳里先輩に限って。そう思っていた。あのしっかりした先輩が、間違いをするはずがない。そう思っていた。だから、想うだけで止めようとしてた。先輩を汚さないために、そのために……。

(抱き合って、キスまで……)

 こらえてきた情動が、ついに抑えきれずに溢れ出す。毛布の下で、奈緒の足がもぞもぞと動いた。直にかぶった毛布、直に着たジャージの感触が、味わったことのない不思議な触感をもたらす。体を動かすと、足と毛布、胴とジャージがこすれ、優しい刺激を全身に感じた。

 甘い火の手が奈緒の体内でちろちろと上がり始める。皮膚と布が擦れ合う優しい刺激を受けて、全身が徐々に敏感になって行く。彼女は小さく口を開け、ゆっくりと、だがいつもより深く、息をした。

(……我慢してたんだよ、せんぱい。なのに……)

 不意に、奈緒の目から涙がこぼれた。今までの日常が崩れて行く、それをどうすることもできない自分への涙だった。どうすることもできないどころか、心のどこかでは、むしろ喜んでさえいる――

 右手が、毛布のすそを放した。手は毛布の下をくぐり、ジャージのすそから、中へと潜り込んだ。手は肌を撫でるように滑り、高鳴る胸へと伸びていく。

「せんぱいの、せいだからね。私がこんなになっちゃったの、せんぱいのせいなんだから」

 声に出して言ったそれは、甘美な言い訳で、奈緒の心をさらに淫らに染めるのだった。

 奈緒は、右手を、左の乳房の下に当てた。そうして、手の平全体を使うようにして、乳房の周りを撫でさすり始めた。軽く力をこめて、手の平のくぼみで乳房を押す。そのままお椀の縁に沿って撫で上げ、指先までぴったりと肌に付ける。次に、指先で肌を押すようにして、じっくりと撫で下ろす。谷間の側は親指で、脇の側は中指と薬指で。敏感な肌を丹念にマッサージする。

 左の乳房が終わると、右の乳房。やはり左の時と同じように、丘のふもとを丹念にマッサージしてまわる。

 乳房を撫でながら、彼女は深く、深く呼吸をした。胸が上下するたびに、皮膚とジャージの生地がこすれ、ソフトタッチの触感を彼女の神経に送りこんだ。

 彼女はあお向けになり、右手に続けて左手もし、ジャージの下へ潜りこませた。そうして、両手を乳房の下辺に当て、盛り上げるように肉丘を中央に寄せる。さらにそのまま、じっくりと、円を描くように乳房を動かした。

「ん……」

 硬くなり始めた乳首が、ざらついたジャージの布とこすれる。柔らかな中にも明らかに興奮を誘う刺激を、彼女は感じた。

 ひとしきり乳房を弄んだ後、彼女の手は、次に下半身へと向かった。そこは何も付けていない、むき出しの場所。毛布を剥げば、秘部はたちまち白日に晒される。そんな恥ずかしい姿でいながら、彼女のそこは少しずつ熱を持ち始めていた。

 彼女は両足を少し開き、手を伸ばした。割れ目の周りを、右手の指がなぞって行く。割れ目はまだ閉じたまま、内部で熱を帯び始めてはいるが、しかしまだ表立った変化は起きていない。指先に感じるのは、陰毛と肉の感触。

「ふう……」

 ふと、奈緒は指の動きを止めた。開いた口からゆっくりと吐息を漏らし、とろんとした目で保健室の天井を見上げる。背徳感と羞恥心が、彼女にブレーキをかけた。

(……やっぱりだめ。ここは学校よ。しかも、まだ部活の時間なのに……)

 学校でする。隠れてする。その事に思い至り、恥じらいが彼女を引き留めた。しかし一方、背徳のもたらす興奮の盛り上がりも、彼女は感じていた。体の奥が熱く、指先が小さく震えている。

 体が火照る。刺激が欲しい。淫らに、いやらしく。欲望が、奈緒の中でじわじわと膨れ上がり始めた。彼女はあお向けに横たわったまま、股間に伸ばした手を戻すことができない。呼吸が荒くなる。

(だめよ、こんなとこでするなんて。普通じゃない、やめなさい奈緒。いやらしい、不潔だわ。絶対だめ、保健室で、せんぱいの事想像してするなんて……)

 奈緒の表情が、苦しみに歪んだ。

(……せんぱい……由佳里せんぱい……)

 プールサイドのキスシーンが、脳裏に浮かんだ。目を閉じて、うっとりと唇を重ねた由佳里。豊満な体を薄手の競泳水着で包み、相手と密着していた由佳里。足を軽くからめて、恥丘と乳房を押し当てて……

 想像力が劣情を後押しする。刺激のないままほっておかれた体が、皮膚を粟立てるような不快感をよこした。ぶるぶると震える指先は、直前で留まっていたが、わずかに陰毛と触れ合っていた。撫でた訳でもないのに、陰毛を通じた刺激が秘部に伝わり、温もりが増して行く。

 奈緒の左手が動いた。うぶ毛の逆立つような感覚に耐えきれず、皮膚を撫でた。内股、腿、下腹、脇、大きくじっくりと撫でた。

「く……」

 気持ち良かった。だが気を許す訳には行かない。そのまま敏感な箇所にまで手を伸ばしたい衝動に、彼女は歯を食いしばって耐えた。ただ、右手の中指で、ほんの少しだけ、様子を見るように秘部に触れた。

(うそ……私濡れてる……)

 指先に、生温いねっとりとした感触があった。気が付かないうちに、そこはぱっくりと開いて、蜜液を溢れ出させていた。液のぬめりが、昨夜の快感を思い出させる。穴に指を挿し入れ、独り存分によがった夜。あの快感をもう一度味わいたい、と欲望が暴れていた。もう、抑えられそうにはなかった。

 右手の中指が、敏感な陰核を強く擦り上げた。

「んっ!!」

 喘ぎ声に、じゅぶっ、という猥音が重なった。甘い快感が背筋を突き抜け、うなじで弾ける。奈緒の体は一瞬びくりと硬直し、それからとろけるように力が抜けていった。自由が効かなくなり、ただ手足だけが、さらなる快感を求めてもぞもぞと動いた。

 足がじわじわと持ち上がり、M字開脚の姿勢になった。突き上げられた股間で、さらに大胆に指が動いている。熱っぽい感覚が背筋を冒し、さらに全身すみずみへと染み渡っていくようだった。これからさらに、ぐちゃぐちゃに指を動かしたら。甘い期待が、心を溶かす。

 奈緒が堕ちようとしていたまさにその瞬間、扉の開く音が保健室内に響き渡った。

「失礼しまーす。陸上部なんですけど、先生いますかー?」

 引き続いて、緊張感のない声と、数人の足音が響く。遠慮なく保健室に入ってきた陸上部員達は、カーテンの引かれたベッドに気付くや、慌てて声をひそめ、ささやき声で会話を交わしながら保健室内を歩き回った。

 部員達は校医がいないと分かると、今度は救急用品を探して、あちこちの戸棚を見て回った

 ささやき声で会話を交わしひそめた足音を立て、部員達はしばらく保健室をうろうろしていた。が、やがて目当てのものが見つかったのか、来た時とは逆に静かに、保健室を後にした。

「失礼しましたー……」

 退室の挨拶が小声でなされ、静かに、扉が閉じられた。保健室は元通り静かな空間に戻った。居るのは奈緒1人、カーテンが引かれ中を窺がう事ができないベッドで、独り横になっている。

 ベッドの中で、奈緒は丸くなっていた。横向きに体を横たえ、足を曲げ、ちぢこまるように体を丸める。顔を枕にうずめ、その両目に一杯に涙を浮かべて。

 彼女は泣いていた。枕に顔を押し当てて声を殺し、泣いた。羞恥と絶望が、今の彼女を覆い尽くしていた。

「ぐふっ!!」

 くぐもった声が漏れ、奈緒の顔が引きつった。声を我慢するために、一層強く枕に顔を押しつける。顔は耳まで真っ赤に紅潮させ、鼻で荒く息をしていた。不意に、丸まった体が不規則に痙攣した。

 陸上部員がやって来た瞬間、彼女は身も凍るような恐怖を味わった。すべての秘密が白日の元に暴露され誰とも顔向けできなくなる、そんな錯覚で、激しい自責の念に襲われた。指一本動かせず、何も考えられない、すべてを硬直させる驚愕と恐怖の中で、しかし欲望だけは、恐怖を凌駕した。

 彼女の指は、彼女の意志と関係なく、秘部で妖しく蠕いたのだった。次の瞬間にもカーテンが開き、ベッドから引きずり出されて嘲笑されるかもしれない、そんな恐怖で何もかもが停止していた時にあっても、欲望は彼女と、彼女の指を動かした。

 陸上部員が彼女の行為に気付いていない事は、すぐに明らかになった。安静にしている病人とでも思って、静かに行動してくれさえもした。だがそこに至る数瞬の時間、わずかだが、恐怖以外の何ものをも感じなかった一時。その一時ですらも、彼女は欲望の命ずるままに指を動かしたのだった。

 もはや、甘い快感はなかった。ただ肉体の満足を得るためだけに、奈緒は指を動かし続けた。堕ちた自分に絶望し、涙が止めどなく溢れ出た。

「ひぐぅ、うっ、んっ、ふっ」

 心は空虚だったが、しかし体は悦んでいた。声が漏れるのを少しでも我慢しようと、彼女は丸めた体をぐっとこわばらせた。曲げた両足に力をこめ、股間に伸ばした両手を力いっぱい挟んで、衝動を堪えた。

 指は止むことなく秘部を責め、動きに合わせてぬちゅぬちゅと音を立てた。指の動きは益々激しく、荒々しくなり、ついには秘孔へ中指が突き入れられた。

「がはっ!」

 乱暴な行為で、一瞬鋭い痛みが走った。しかし、はちきれそうに膨れ上がった肉欲を抑えるのは、もはや不可能だった。奈緒は、膣内に指をくわえこませたまま、さらに親指でクリトリスを押さえ付けた。そしてその格好で、右手をぐりぐりと円を描いて動かした。

 体が、頂きへと舞いあがりつつあった。膣口と陰核から、狂おしいまでの激しい刺激が撒き散らされる。体はがくがくと震え、急速に熱くなっていく。奈緒は、髪を振り乱し枕に頭を押しつけると、タオルをしっかりと噛み締めた。

「っっっ!!!!」

 空虚な快感が絶頂を迎え、奈緒の肉体を熱く震わせた。彼女は身をよじり、体を激しく痙攣させた。その顔は汗と涙に濡れ、悶え、歪んだ。

 やがて、快感の退潮に合わせて、体のこわばりが解け、奈緒はぐったりとベッドに体を横たえた。満足感はなく、昨夜を上回る屈辱と後悔と自責が彼女を深く傷付けた……

 

(もうだめ…… 私、自分を抑えられない……)

(由佳里先輩…… 先輩が欲しいの……)

 
 
続く  

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